トップ > 倉敷民藝館
倉敷民藝館
 倉敷民藝館は、江戸時代後期に建てられた米倉を活用して、昭和23年に開館しました。 東京・駒場の日本民藝館が昭和11年に開館したのに次いで、日本で2番目にできた民藝館です。

大原家と民藝の関わり
 なぜ2番目が倉敷なのでしょうか。そこには大原家の存在が欠かせません。倉敷出身の実業家である大原孫三郎は民藝運動の良き理解者であり、支援者でした。日本民藝館設立にあたっては、建設費を寄贈しました。孫三郎の意志は息子である總一郎に受け継がれました。

初代館長 外村吉之介
 總一郎に招かれて倉敷に居を移し、倉敷民藝館初代館長になったのが外村吉之介(1898-1993)です。静岡県で牧師をしていた外村は織物の研究者でもあり、終戦を迎えてもすぐに沖縄に帰れなかった女子挺身隊の織物の指導にもあたりました。
 また、外村は美観地区の保護にも貢献しました。伝統的建造物群保存地区に指定される以前は、町並みを保存するという意識が現在ほど一般的ではありませでした。そのような時期にこの地区において古くからの建物を再生し公開した最初の事例が、この倉敷民藝館です。

江戸時代後期の米蔵を活用
エドモンド・ブランデンの詩「瞥見」
エドモンド・ブランデンは、白壁に黒い貼り瓦が美しい中庭を絶賛し、「瞥見」という詩を残しています。
 倉敷民藝館の外壁は、白壁に貼り瓦です。屋根は和瓦の本葺きで、この地方の典型的な土蔵作りです。松材で骨格を組み、厚さ20cmの土壁をつけています。火事・風雨・盗難・湿気等から貨物を守るという用のために生まれ、建物自体が民藝品でもあります。 瞥見(べっけん、かいまみ)
黒い輪郭の白い壁
中庭の見通し 清潔な門
そこからのぞく赤い頬の童児
話合っている黒っぽい着物の二人の友
その向こうには落ちついて光る屋根の列
飾り総のような枝ぶりの松、そのひろやかな静けさ
1950/2/25 倉敷民藝館にて
エドモンド・ブランデン Edmund Charles Blunden(1896 - 1974)
第一次世界大戦の従軍体験を題材にした詩で知られるイギリスの詩人・文芸評論家

倉敷民芸館では、 ご来館くださった皆様方が、昔のものを懐かしむだけではなく、普段の生活に少しでも手仕事の美を、 取り入れていただけるよう、そのきっかけをつくる場でありたいと願っています。

公益財団法人 倉敷民芸館 710-0046 岡山県倉敷市中央1-4-11 Tel 086-422-1637 Fax 086-476-8446
Copyright(C) 2013,2014